舛添さんについて別角度から考えてみた件

いえね。

さすがにこれは無いだろうという
舛添都知事周辺の報道ですが、

私には
あまりにも出来すぎた話のような気がしてならないです。


だって、もうここまで来たら
この後どんな疑惑が出たとしても新鮮味が無いわけで。

ああ、またか…って
そうなっちゃいますよ。

マスコミだって、もう責めるネタがあり過ぎて
逆に焦りすら見える今日この頃。

視聴者も半ば飽きてきたのでは無いでしょうか、
この手の話は。





もしや

それが狙いでは?




「木を隠すなら森の中」
という諺があるように、

「疑惑をかくすには疑惑の中」
という戦略ではないかと勘ぐってしまいます。






もしくは…

舛添さん周辺のどなたかが人質にとられていて、
どうしても都知事を辞任出来ない状況にあるか、とか。





もうね、

そんな、三流ドラマのような展開でない限り
彼の挙動は説明出来ないんです。。。


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赤十字募金

こんなこと書くと
ああ、私ってなんて小さな人間だろう、と
しばし自己嫌悪に陥るのですが、

まあ
書くんですが。


子供が学校から
赤十字募金の封筒を貰ってきたようで。



この世の中に
「募金」というものが必要なのは理解しているつもりです。
その精神も、実際に集まる金額も。


ただ、
この封筒を見る限り、
募金を集める側にどうしても違和感を感じざるを得ません。





おこづかいを少しずつ出しあって
みんなで協力しましょう。




ひねた見方ですみません。
私には「出しあう」「みんなで」って言葉から
『募金して当然』という印象を受けてしまいます。

「協力しましょう」とありますが、
何に?って思いますし。(主語無し)

それと、そもそも「おこづかい」って
全世帯の子供が貰ってる前提なんですね。

うちの子はまだあげてなかったりするので…。



通常、
「無」の状態からお金を生み出すには
それなりの労働もしくは家財の交換などが必要で、
簡単に手に入るものでは無い。です。

ただ、冒頭書きました通り
募金には相応の意義があるため、何の対価無しに
お金が集まる仕組みとなります。

しかしながら
封筒の文言を拝読するに、
赤十字側の特権意識が透けて見えるというか、
どうやれば上手く集金出来る表現かを
練り上げた文章だな、と、感心しています。


おこづかいを少しずつ出しあって
みんなで協力しましょう。




私は
この二行は不要と考えます。



無意識に誘導される世論

北海道でしつけで置き去りの男の子が無事発見された件、
本当に良かったです。

これだけ国民が全員一致で安堵するニュースも
そうそう無いですよね。

当事者の家庭環境や置き去りのタイミングなど
色々と経緯はありましたが、
結果的に無事で良かったと思います。



ただ…
問題は露呈してしまいました。

何に?って、

そう、私達、傍観者にです。


これは男の子が発見される前夜のヤフーコメントの
キャプチャ画像です。



そして、
これが無事発見された日のコメント。




私個人の意見となります。

コメントの「内容」自体はもう仕方ないのかな…と感じます。
もちろん、結果的にご両親に対してあらぬ疑惑を示したことは
決して良くはないのですが。。
ただそう感じてしまう展開だったことは否めません。


問題だと感じるのは
「そう思う」「そう思わない」の数が表示されていることです。

どちらのコメントも
「そう思う」が9割を占めていますが、
コメントの内容は正反対です。

男の子が発見されたことで、
「親が何かを隠してる」という疑惑は晴れました。
ただ、発見される前、統計的にも
国民の9割は親を疑っていたことになります。

もちろんご両親は我が子の行方が気掛かりで
反論することなど二の次でしょう。

更に、
「親が何かを隠してる」
という意見の比率が9割という結果を見た人は
多数派の意見を盲目的に信じる傾向があります。


そう、

両親への「冤罪」の基礎が形成されつつありました。


万一、男の子が発見されなかったとしたなら
誰が両親の言い分を信じるのでしょうか?

私も含め、
大多数が両親犯人説に流れると思います。



なので、
こういった事件での情報の出し方は
非常に難しいと思うんです。

現在は個人の意見が簡単に共有できる環境があります。
簡単な割に、影響力は絶大です。

振り返って思うことは、
この事件について、コメント欄を設けるべきでは無かったのでは
ないかということ。

また、
毎度のマスコミさんにおかれましては
自らの影響力を再認識して頂き、責任の取れない
稚拙な探偵ごっこは今後は謹んでもらいたいと思います。




バグ(不具合)が無くならない理由

大きな要因の一つに
「流用」
があると思います。

そう。
どんな製品のプログラムでも、
大抵は既に動いていたプログラムを
流用して作られます。

全くの白紙状態から作られることは殆ど無いです。

流用自体は悪くないです。
実績があるし、効率的に作り上げることが出来ますから。

ただ、
流用するプログラムは多かれ少なかれ
「修正」
が入ります。
でないと、作りたいものが出来ませんから。

はい。
ココです。
このタイミングでバグが混入します。

修正する人は、元々のプログラムの設計思想まで
熟知してません。
本当にこの修正で良いのか、それを検証するには
実際に新規でプログラムを作るよりも多くの時間が必要です。
(もちろん、プログラマーにそんな時間は与えられません。。)

このように、
検証が不十分なプログラムがたくさん集まって
一つのシステムを形成した時、
そこにバグが存在しないなんて、もはや奇跡でしかないんですね。


なので、
空港の運行システムや、ATMのシステム障害で
組織のトップが謝罪するのをよく目にしますが、
それ(障害)は起こるべくして起きているのであり、
再発防止策が上記に挙げた潜在的なリスクに対応しているのかを
一つ一つおさえて頂きたいと。

そのように願うばかりです。


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カタイカラダ

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