金魚の水槽を掃除しまして…

お家の水槽がコケなんかでとても汚れていまして。
なので、綺麗にして、元の透明なガラス水槽になったんです。

でも
金魚的には汚い方が過ごしやすいのかな?と思ったりして。。
表情が無いので何ともいえないのですが。ね
スポンサーサイト

交通事故報道から思うこと

交通事故で大切な人を亡くした遺族にしてみれば、
運転手がポケモンGOをやってようが、
高齢者の誤操作だろうがが、関係いわけで。。

ただただ、
生きるのが辛い程のやり場の無い悲しみがあるのだと
推測するのです。


翻って、
ニュースを聞きつけた我々といえば、

また高齢者か!
またポケモンGOか!、と…


何だろう、

事故が起きるのを願ってるのでは決して無いのですが、
いざ事故が起きたら、その原因が
高齢者かポケモンであってほしい、
みたいな。。


で、

「ほらね、また起きちゃたよ。だから早く対策を取らないと。」
みたいに、社会のシステムに対して説教じみた事を呟いたりして、
それで何か根幹を悟ってるかの如く
内心、気持ちよくなったりして。

報道する側も、見てる側に気持ち良くなってほしいから
視聴者が望む内容ばかりを流しまくる。



仮に

同じ被害の死亡事故が2件起きて、
片方は居眠りで、
もう片方はポケモンやってたとしたら…

2万パーセント、
絶対にポケモンの方の事故が報道されますから。

そっちの方がニュース的に面白いですからね。

でもね、
全体の交通事故の比率として、居眠りの事故の方が恐らく多いはず。
原因にしても、その闇は深いはず。(長時間労働による過労とか)
にも関わらず、ニュースの尺の関係で黙殺されるわけです。
ポケモンより面白く無いから。。





報道の役割って一体何なのかと。
見る側を気持ちよくする事?

それならバラエティーで十分と。


車の事故に限らず、マスコミの報道姿勢について
あまりにも偏りが顕著だと改めて感じてます。

見る側が求めるから仕方無いのですが。。。

バングラデシュのテロから思うこと

残念ながらこれが今世界で起きている
現実なんだと感じます。

日本人が含まれていたため
もちろん繰り返し報道される訳ですが、
これが日本人を含まないイスラム圏でのテロの場合は
良くて一度報じられるか、
「各地でテロが頻発してます」、と
一括りにされるかでしょう。


私は今のところ海外に行く予定はないです。
なのでまさか自分の死がテロによるものになるなど
考えてませんでした。
癌とか、交通事故とか、そんなのならまあ考えますが。

ただ、今回のことで
もしかして今後、
日本国内にいてもテロで命を落とす可能性があるのではと
考えるようになりました。
嫌な世界になりました。


で、
実際のところ、
「対策」はあるのでしょうか?


9条を守る?改憲する?
集団的自衛権を行使しない?する?
自民党に投票する?しない?

それによって
日本の政治が変わり、結果的にテロに会わない
…なんて、ことは無くて、
テロの首謀者も命を賭けてる訳で、

「政権が変わり、凄く平和な日本になったからテロはやめとこう」
には、到底ならない…。
世界情勢が変わらない限り、危険は無くならないと思います。



なので、
テロにあわない最も有効な対策としては、


海外に行かない。
人混みに行かない。


かな。。。



生きることにこんな制限事項のあるなんて
本当に嫌な世の中です…






舛添さんについて別角度から考えてみた件

いえね。

さすがにこれは無いだろうという
舛添都知事周辺の報道ですが、

私には
あまりにも出来すぎた話のような気がしてならないです。


だって、もうここまで来たら
この後どんな疑惑が出たとしても新鮮味が無いわけで。

ああ、またか…って
そうなっちゃいますよ。

マスコミだって、もう責めるネタがあり過ぎて
逆に焦りすら見える今日この頃。

視聴者も半ば飽きてきたのでは無いでしょうか、
この手の話は。





もしや

それが狙いでは?




「木を隠すなら森の中」
という諺があるように、

「疑惑をかくすには疑惑の中」
という戦略ではないかと勘ぐってしまいます。






もしくは…

舛添さん周辺のどなたかが人質にとられていて、
どうしても都知事を辞任出来ない状況にあるか、とか。





もうね、

そんな、三流ドラマのような展開でない限り
彼の挙動は説明出来ないんです。。。


赤十字募金

こんなこと書くと
ああ、私ってなんて小さな人間だろう、と
しばし自己嫌悪に陥るのですが、

まあ
書くんですが。


子供が学校から
赤十字募金の封筒を貰ってきたようで。



この世の中に
「募金」というものが必要なのは理解しているつもりです。
その精神も、実際に集まる金額も。


ただ、
この封筒を見る限り、
募金を集める側にどうしても違和感を感じざるを得ません。





おこづかいを少しずつ出しあって
みんなで協力しましょう。




ひねた見方ですみません。
私には「出しあう」「みんなで」って言葉から
『募金して当然』という印象を受けてしまいます。

「協力しましょう」とありますが、
何に?って思いますし。(主語無し)

それと、そもそも「おこづかい」って
全世帯の子供が貰ってる前提なんですね。

うちの子はまだあげてなかったりするので…。



通常、
「無」の状態からお金を生み出すには
それなりの労働もしくは家財の交換などが必要で、
簡単に手に入るものでは無い。です。

ただ、冒頭書きました通り
募金には相応の意義があるため、何の対価無しに
お金が集まる仕組みとなります。

しかしながら
封筒の文言を拝読するに、
赤十字側の特権意識が透けて見えるというか、
どうやれば上手く集金出来る表現かを
練り上げた文章だな、と、感心しています。


おこづかいを少しずつ出しあって
みんなで協力しましょう。




私は
この二行は不要と考えます。



プロフィール

カタイカラダ

Author:カタイカラダ
1mmでも体を柔らかくしたい思いで綴ります

カレンダー
01 | 2017/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
最新記事
こちらもどうぞ
もしも広告付けるなら
↓こんな方法が便利ですょ
忍者AdMax



リンク
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR